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シンプル・ライフ

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噺家一人語り

10.6
hidari 「噺家一人語り」 migi



 あっどうも、ワザワザご足労頂いてすいませんねぇ。たまには飲みながらってのもいいかと思いましてね。
 ここ私が若い時から出入りしてる店で、酒の種類もさることながら、食い物も旨くてね。
 おかげでかみさんの作る飯はそっちの気で飲みにきてるもんだから、怒られる怒られる。
 おや、そんなお気遣いは無用ですよ。真打昇進のお祝い兼ねてるんですか、だったらありがたく頂だいしますね。これ今開けちゃってもいいですか?
 こういうところが、せっかちで知りたがりって言われちゃうんでしょうね。でも、貰ったものって中身気になりますよね、だから開けちゃう(笑)。
 ほぉーっ、こりゃ見事な徳利とお猪口だ、私が日本酒党だってことご存知でしたか、いゃこりゃ嬉しいね。
 えっ、これ貴方が作りなさった、そりゃ益々嬉しいね、てっきり魯山人の作かと思いましたよ、ってここまで言うとうそ臭いやね(笑)。
 明日にでも早速使わせて頂きますよ。かみさんの料理つまみにしてね(笑)。

 酒ですか?ええ、勿論好きですよ、それこそ赤ん坊時分には哺乳瓶の中に入れてこっそり飲んだりしてね。
 えっ、冗談じゃないですよ、ちょっと脚色してるだけ(笑)。
 私のオヤジも酒好きでね、息子と飲むのが夢だなんて言ってて、女が続けて二人だったもんだから、なかなかその夢も先延ばしでねぇ。
 いや姉達だって可愛がられてましたよ。けどね、娘なんてもんはいずれ他所様に持ってかれちまうもんだって思ってたみたいで、だから私が生まれた時はそりゃもう大喜びで、早速夢を果たそうってんで、おふくろに内緒で哺乳瓶にお猪口一杯の酒を仕込んだって次第。
 飲んだのかって?さぁ酒の記憶は無くなっちまうのが常だからねぇ(笑)。

   オヤジ酒好きのクセに、肺がんで死んじまうんだから、かなりのへそ曲がりだね。しかもタバコは全然やらなかったってんだから筋金入りだ。
 私もタバコはやらない、そう言う習慣は持ってないね。
 それでも高座でタバコなんか吸うしぐさしてるときは本当に吸ってるような気分になるんだから不思議だね。時には香りや煙まで感じたりして、煙に慣れてないから「うわっ煙い」なんて心ん中で思ってたりしてね。
 きっと根が単純なんだね。いや単純じゃ聞こえが悪いから素直ってことにしておこう。

 私がオヤジの後を継ぐなんてことは、オヤジは望んでなかったのかもしれないね。
 いや望んでないってのよりモノにならないって踏んでたんじゃないのかな。
 私が初めてお客さんの前で落語を披露した後の楽屋でマジマジと私の顔を見て。
「お前は不幸だねぇ、なまじっか顔が私に似ていいもんだから。せめて顔が不細工だったら、話が下手でもお客さんは笑ってくれるかもしれないのに」
 こんなことを言っちゃうの。
 そう本当に言われたよ。いや参ったねそんなに自分の話が悪かったのかってショック受けちゃって、高熱出して寝込んで顔でも膨れたら、お客さんに笑ってもらえるかしら?なんて思ったもんね。
 オヤジがドサクサに紛れて、鬼瓦みたいなてめぇの面をいい男だなんて言ってる所を混ぜっ返さずに聞いちゃうんだから。
 本当に自分で言うのもなんだけど素直だよね(笑)。
 おかげさまで踏んで揉まれて、なんとか二枚目半に落ち着いて、笑いも取れるようになりましたよ。

 あっ、ここの支払いは私が持ちますよ、だって私が誘ったんだから。いやいや、いいの気にしなくて素直にご馳走様って言っとけばいいんだから。そうだ貴方この後も時間大丈夫?じゃ、もう一軒冷やかしますかね、そっちはご馳走してくださいな。
 親父さん今日のサバ味噌絶品でしたよ。
 それじゃ、次行きますか。

 


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